第二話

 15
 馬車の積荷は全て運び上げられ、これ以上時間稼ぎできない状態に追い込まれていたその時、ダグが走ってくるのが見えた。
 皆待ってましたといわんばかりに笑顔で迎えるが、血相を変えたダグの姿にその笑みはすぐに不安の眼差しへと変わった。
 ダグの話を聞いた後は瞬く間に緊張の渦の中に引き込まれ、おろおろとしだしてしまった。
「なんてことなの。かき回していたのが側近のイグルスだったなんて」
 アネモネが許せないと怒りを露にしては、当り散らしたいとばかりに地面を強く蹴っていた。
「このままでは戦争が始まるのも時間の問題ね。とにかく国王を探さなくっちゃ」
 立腹しながらも、少しは落ち着きのあるピオニーが言った。
「でもどこを探せばいいのでしょう」
 怒りよりも絶望感を感じて泣きそうになりながらリリーが言った。
 危機感で誰もがどうしていいのか困惑していた。
「ところでゴロはどこ行った。こんな大切なときに」
 ダグはついどうしようもない気持ちをこの場にいないゴロにぶつけてしまう。
「そういえば、ちょっと様子を見てくるってどこかへ言ったきり中々戻ってこないわ。折角お兄様が重大な情報を仕入れてきたというのに」
 四人は辺りを探しだした。

 吾郎は城の中を堂々ともぐりこむために、鎧を手に入れようとしていた。
 一人の鎧を着たものが、団体行動から外れたので、その後をつけているところだった。
 そいつは、城の中心とは全く違う方向へ向かい、森の中へと入っていく。益々好都合だと吾郎は慎重に隙を伺っていた。
 だが、そいつの向かったところには他に人が数人いた。
 吾郎はがっかりしたが、よく様子を見れば、猿轡をかまされた男女が両腕と両足を縄で縛られて地面に座り込んでいた。
 その側にももう一人鎧を着たものがおり、ちょうど見張りの交替で入れ替わると先にいた鎧の戦士は城へ戻っていった。
 一体何が起こっているんだと近くによれば、猿轡をかまされた男女は、国王と王妃の姿にそっくりだった。
 吾郎は状況が飲み込めずにいたが、とにかく鎧を奪いたいとウイッグとドレスをそこで脱ぎ捨ていつもの姿になると、腰の剣を抜いて見張りをしている鎧の兵士にこっそりと回り込んで、鎧に切りかかった。
 鎧の戦士は不意をつかれてあっさりとやられると倒れこんで気を失った。
「あの、お二人とも大丈夫ですか?」
 吾郎は縄と猿轡を外し、半信半疑になりながら二人を見つめていたが、やはりそれは国王と王妃だということを確信した。
「ゴロではないか。よく助けに来てくれた」
「国王陛下、王妃陛下、一体どうなされたというのですか」
 国王はイグルスのたくらみを説明すると、吾郎は怒りで産毛まで逆立つ思いだった。
「そんな、それじゃイグルスが反逆者だったんですね」
「そうだ。とにかく早く戻らなければ、大変なことになってしまう。これから話し合いだと信じてアゼリアがやってくるのだろう。イグルスのことだ、上手く利用して戦争を起こさせてドサクサに紛れてアゼリアも殺し何もかも乗っ取るつもりだ」
「あなた、それではローズも同じような目にあうというのですか」
 恐る恐る王妃が聞いた。
「多分そうなってしまうだろう」
 それを聞いて王妃は泣き崩れてしまった。
「大丈夫でございます。アゼリア姫もローズ姫も私が守ります。陛下はとにかく安全な場所に」
 吾郎はのびていた兵士の鎧を奪い、その兵士の手足を縛って猿轡をしておいた。
 そして鎧を纏って、国王と王妃を安全な場所へと案内する。
 そうして、ダグたちと再び交流したとき、吾郎の反撃が始まろうとしていた。

 太陽が真上になろうかというころ、城の外では一人の女性兵士が勇ましく姿を現した。
 その遠くでは見守るように軍隊がずらっと並んでいる。
 城の中のものは敵が来たと戦闘態勢に入り、一気に緊張感が駆け巡った。
 城壁の上に弓矢を持った兵が配置に並んで号令が飛ぶのを緊張した面持ちで構えていた。

「私はアゼリアだ」
 大きな声で自分の名を言ったとき、アゼリアが国王の娘だということを知っている兵士は動揺し始めた。
 急にざわめきが広がっていく。
 そんなことに構わずアゼリアは落ち着いた態度で声を張り上げる。
「約束したとおり、話し合いに来た。国王はどこだ」
 重苦しい空気の中、ゆっくりと門が開いてイグルスが出てきた。
 アゼリアは自分の味方だと思い込んでいるためにイグルスが出てきたことに違和感をもたなかった。
「アゼリア様、残念なお知らせでございます。例え自分の娘であろうと敵に回った以上、国王は何一つ話し合うことはないと言い切られております」
「やはり、国王は頑固な独裁者であったか。それならば、力ずくとなってしまうが、そなたはいかが申す」
「はい、それはこちらも覚悟のこと。準備は全て整っておりますと申し上げます。それが何を意味するかアゼリア様ならお察し頂けるかと思います。そちらはそれでも構わないのならですが」
 それは敵味方どちら側から聞いても意味を成す回答だった。
 ずる賢いイグルスは、このドサクサに紛れてこの国を乗っ取り、そして利用するだけ利用して邪魔となったアゼリアも戦死に見せかけるつもりでいる。
 もうすでに内側の重要人物たちはイグルスの配下だった。
 形ばかりの戦をして、さっさと目の前で国王を殺させて国の兵士を挫折させる。
 こんな簡単な事はないと、顔にはすでに勝利の笑みを浮かべていた。

「待て! まだ私との話し合いは終わってないぞ」
 馬に跨った国王が門を潜ってイグルスの後ろから現れた。
 馬はアゼリアの元へと駆け寄った。
 アゼリアの側に来ると王は手綱をひきつけ静かに立ち止まった。
「暫く会わないうちに美しくなったの、我が娘、アゼリアよ。再び会えて嬉しい限りじゃ」
「お、お父様」
 突然現れた国王にアゼリアの呼吸が乱れた。
 憎んではいたとはいえ、その国王の瞳は優しく愛情を持ってアゼリアを見つめている。
「アゼリア、よくお聞きなさい。そなたはイグルスの嘘を信じ込まされただけじゃ。私も継母である王妃もそなたの妹ローズも、アゼリアの事を愛し大切に思っておる」
「嘘、それじゃなぜ、国民を苦しめるほどの税金をとるの」
「私はそんなこと知らなかったのじゃ。全てはイグルスに任せっきりじゃった。報告も彼の口からしか聞けず、全てが上手くいっていると思っておったんじゃ。 まさかこんなことになってるなんて、今日イグルスに監禁されるまで気がつかなかった。イグルスはこの戦争を利用して、私や王妃を殺して、挙句の果てにはお 前も始末しようと企んでいる。全ては自分がこの国を乗っ取るためにお前を利用していたんじゃ」
 アゼリアはイグルスを確認した。
 そこには顔を歪ませ、キリキリと苛立っては荒い呼吸をしている姿があった。
 ここで否定の言葉を出せば、側近である自分が王を否定する行為のおかしさが露呈する。
 喉を締め付けられたようにイグルスは声が出てこず、どのように処理をすればいいのか完全に失念していた。
 アゼリアはイグルスと王を交互に見ながら混乱する。
「アゼリア、目を覚ましなさい。私がここへ現れた理由を考えれば分かることじゃ。私はこの戦を望んでなどおらぬ。そなたの言い分をしっかりと聞く耳ももっておるし、そして国民が幸せになるのならこの王位をお前に譲ってもいい。お前がこの国を正しい道に導いて欲しい」
「お父様……」
 凍っていた心がとけていくようにアゼリアの目から溢れんばかりの涙がこぼれる。
 国王は馬から下りて、アゼリアを抱きしめた。
 落ち着いたアゼリアは笑顔を国王に向けた。
 そして自分の率いる軍隊に向かって声を上げた。
「戦は回避された。そして我々の条件は王がしかと飲んでくれた」
 その声で割れんばかりの歓喜の雄たけびが聞こえてくる。
 国王も自然と息がもれ、肩の力が抜けていったが、まだこれで終わりではないとくるりと振り返った。
「イグルス、お前の陰謀は暴かれた。今度はお前が制裁を加えられる番じゃ。そして皆のもの聞いて欲しい。全てはこの悪党イグルスが企てたこと。私はイグル スに騙されておっただけじゃ。それは兵士達や私に仕える皆にも言えることじゃ。だがもしまだイグルス側につくものがいれば容赦はせぬ。今一度どうする事が 最善なのかよく考えてほしい」
 誰かが叫んだ。
「国王陛下バンザイ」
 それは連鎖反応を起こすように広がり、皆が唱え出した。
 そして誰に命令されることもなくイグルスは取り押さえられた。
 全てが上手く行くかと思ったとき、イグルスは取り押さえていた兵士をなぎ倒し、腰の剣を抜いた。
 そして城壁内へ戻り、馬を手に入れるとそれに飛び乗って駆け回った。
 自分の配下についていたものを呼び集めようとしたが、金と権力をみせただけの薄い絆はすぐに切れ、負け戦と分かっているイグルス側につく者は誰もいなかった。
 だが、イグルスにはもう一つ切り札が残っていた。
inserted by FC2 system