第二話


 ヨッシーはどうしたものかと、思案していると吾郎は悟ったように「もういいよ、帰って」と呟いてまたコンピューターの前に座った。
 ヨッシーにしてみれば、自分は愛されて崇められるような存在だと思っていたので自尊心を砕かれ、ガーンと頭をぶちのめされたようにショックで固まっていた。
 この人助けを始めてまだ間もないのにいきなりここで失敗も許せないと、ヨッシーは強気にでる。
「ちょっと、吾郎さん。私もこのままでは引き下がれませんよ。あなたはとても強固な自分の世界をお持ちでいらっしゃる。かわいい女性にもてて大いに活躍されたいと願っておられますよね」
「ああ、そうだけど。いくらそういう事を願っても、さっきのフィギュアみたいにこの現実の自分の今の姿では誰も相手にしてくれるもんか。俺が転生して異世界に飛んで完全なスタイル抜群のハンサムになるなら別だけど」
 ヨッシーは考え込んだ。
 このままでは自分の沽券にかかわる。
「わかりました。この方法は私には禁じ手になるんですけど、この場合は仕方ないです。あなたの望叶えて差し上げます」
 吾郎は椅子をくるっと動かして振り向いた。
「俺は転生して異世界にいって最高のヒーローになりたいんだ。そこで萌えキャラのようなかわいい沢山の女の子にもてはやされたいと望んでるんだぞ。それが叶うのか?」
「はいはい、わかってますよ。あなたの妄想は強く、しっかりと見えますよ。そしたら転生して異世界にお連れしましょう。あなたはそこでご自身でイメージさ れたキャラクターとなり、その世界では思いのままです。それを信じて突き進んでみて下さい。但し、この手はちょっと私が使うには納得いかないところがあっ てご不自由なところが多少出てくるんですけど、それでもいいでしょうか?」
「不自由ってどんな点だよ」
「そうですね。なんていうのかチートというのか、そうなるように決められているというのか、でも吾郎さんの思いのままにことは必ず進みますので、その点については問題ないんです」
「おっ、それって巷で流行りの転生チート展開か? それなら大丈夫だけど」
「あっ、そうですか。それなら話は早いです。では早速始めさせてもらいます」
 ヨッシーは少しテンパってしまった。
 ここで失敗したら身も蓋もない。
 吾郎がそれでいいと言う以上早く上手いことまとめてしまいたい。
 今回は二回目にして少しやり難さを感じ、ヨッシー自身が落ち着かなかった。
「ではそちらのベッドに横たわってリラックスして下さい」
 言われたままに吾郎はベッドに横たわった。
「いいですか、これから起こる展開に絶対逆らってはいけません。最初に何かが起こったらそれに従って行動して下さい。それが転生異世界への扉となります」
 吾郎は次第にまぶたが重くなりうつろうつろとしては、ヨッシーの声が遠ざかっていく感覚に陥った。
 そこでまたはっとして突然眠気が覚めて、辺りを見回すとヨッシーの姿はどこにもなかった。
 しかもまだ自分の部屋の中にいて、何も事が起こってない。
 吾郎はむくっとベッドから起き上がり、結局は自分は幻影を見ていただけなのかと妄想ですまそうとしていた。
「とうとう俺もおかしくなったって訳か」
 その時、ドアをノックする音が聞こえてくる。
 吾郎はもしかしてまだ何かあるのかもと再び期待して、その扉を開けてしまった。
 そこには、突然ドアが開いたことで非常に驚いた顔をして母親が立っていた。
「ご、吾郎ちゃん。やっとドアを開けてくれたのね。お母さん嬉しい」
「なんだよ、おかんかよ。ほっといてくれよ。俺は今忙しいんだよ」
「吾郎ちゃん、そんなこと言わずに、ねぇ、たまには外に出て新鮮な空気を吸ってみましょうよ。梅雨もさって今日はとてもいい天気なのよ。少し暑くなってきたけど、気持ちいいわよ」
 母親は吾郎の目を見て一生懸命語っている。
 少しやつれた感があったが、その瞳は息子のことで必死になっている姿を強く吾郎に植え付けた。
 吾郎はヨッシーが言った言葉を思い出し、もしかしたらこれから事が起こるのかもと期待して、母親のいう事をきいてみようという気持ちになった。
 あれが夢であれ、自分の妄想だったにせよ、ヨッシーとのやり取りがまだはっきりと頭に残っていただけに、ここはヨッシーの言葉通りに従った。
「わかった。外に出ればいいんだな」
 吾郎は前を塞いでいた母親を押しのけて、自分の部屋から出て、階段を下りていく。
 母親は、目に涙を溜めてそれをじっくりとみていた。
 吾郎は少し期待をして玄関のドアを開けた。
 ドアをあけ、久し振りに外の世界を見たとき、太陽の眩しさが目に飛び込んで目が細まった。
 目を刺すような刺激も感じ一度目を瞑ってしまったが、また見開いたとき自分の良く知る近所の風景だったことにがっかりした。
「なんだよ、異世界じゃないじゃないか」
 それでも一歩足を踏み出して外へ出た。
 足を外に向けた以上、吾郎はそのまま歩き出して辺りの景色をじろじろと観察し始めた。
 何も変わったことは起こらない。
 長らく外にでてなかったとはいえ、この景色は忘れようもない自分の近所の住宅街だった。
 結局は騙されたのだろうかと角を曲がったときだった。
 いきなり目の前にトラックが現れ、それが速い速度で自分に迫ってきた。
 危ないと思ったとき、吾郎の体は撥ねられて宙を舞っていた。
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