第三話


 誰が誰を好きになるのはその人の自由。
 ましてやもてる男の子がクラスにいたら、ライバルが増えるのは自然の成り行き。
 でも真紀の場合、席が隣でいつもおしゃべりが出来る立場だと嫉妬の対象になりやすかった。
 露骨に攻撃はしてこなくても、時々あずさのきつい視線が突き刺さってくる。
 あずさの方が自分よりも数倍も奇麗で目立つというのに、自分をライバル視されるのが真紀は怖かった。
 陽一と仲良くなりたいとは願っていたが、こういう障害は計算外だった。
 でも真紀はあずさの態度に怯みたくはなかった。
 あずさのことは気にしないでおこうと、陽一の近くになれたことを楽しむことに集中する。
 陽一と話ができるこの瞬間を大切にしたい。
 それだけで気持ちが満たされ充分楽しい恋だった。
 まだまだ12歳という恋に不器用な子供なので、この先どうしたいと具体的なことが頭に浮かばない。
 すぐ側にいて、心の中で陽一の事を思い焦がれる一時が楽しかっただけだった。
 そしてある日の放課後。
 真紀が帰り支度を済ませて、席を立とうとしたとき、おもむろに陽一が引きとめた。
「岸島、ちょっと待って。これありがとうな。面白かった」
 自分が貸した本を差し出される。
「えっ、もう読んだの? 先週貸したとこなのに」
「うん、なんか読み始めたら止まらなかった。結構すごい展開だったよな。言葉もストレートで際どいしさ」
「あっ、そ、そうだよね。でもそれが痛快で楽しいよね」
「ああ、ほんと面白かった。ありがとな」
 真紀が本を手に取るとなんだか手に持った感触に違和感を感じた。
 あれっと思って裏を見れば、本と一緒に板チョコが重なっていた。
「羽住君、これ」
「ああ、チョコレートの話だっただけになんか無性に食べたくなってな、岸島にもおすそ分け。まあ、お礼のつもりさ」
「そんなこといいのに」
「何いってんだよ、安いチョコレートさ。とにかくありがとな」
 陽一は用事がすむとさっさと席を立って友達と合流して教室を出て行った。
 真紀は渡された本とチョコレートを手にして、ぼーっと固まってしまう。
 そして心が温まってそれが快感に繋がる感触を感じていた。
 この本も陽一が手にとって読んだと思うとなんだか嬉しい。
 本と貰ったチョコレートを大切に鞄に入れるが、自然と顔が綻んで笑っていた。
 
 真紀はそれからも陽一の事が益々好きでたまらなかった。
 だからといって、その気持ちを本人に伝えようとかは思わなかったが、いつも側にいて話ができる毎日が天国のように感じ、それで充分だと思った。
 妄想が叶うと言っても、真紀はこれ以上の恋の妄想の仕方がわからない。
 ただ陽一に自分の存在を知ってもらうことだけで満足だった。
 初々しい小さな恋。
 純粋に好きというだけで片思いでも楽しくなれてしまう恋。
 今だけしか味わえないものだと真紀には分かっていた。
 そして時が経てばいずれ離れ離れになってしまう。
 それを考えると寂しいが、限られた時間の中で真紀は少しでも積極的になろうと陽一に話しかけだした。
 宿題のこと、テレビ番組のこと、そして陽一が好きなアイドルのことも目に付いたことや頭に浮かんだことは口に出していた。
 それも期限付きの一時の時間だったから、時間がないと思うとどんどん積極的になってくる。
 陽一が本気でお腹を抱えて笑ったとき、真紀は最高に幸せだった。
「岸島って慣れたらけっこう面白いんだな。大人しいからそんなこと言うなんて思いもよらなかった」
「人って見かけだけではわかんないんだから。だけど羽住君が話しやすいって分かったからだと思う」
「今まではまだ俺のこと警戒してたってことか?」
「そんなんじゃないんだけど、私、人見知りするタイプだから」
「そうだよな。岸島は恥ずかしがりやなとこがあったよな。でも俺の隣になったらちょっと変わったか?」
「えっ、それは、どうだろう」
 真紀はなんだか答えにくかった。
 好きだから近づきたいと思って積極的になったところはあった。
 それを見抜かれていたら顔から火が出るほど恥ずかしい。
 顔が段々と熱くなってくると余計にばれてるんじゃないかと思って益々言葉に詰まって慌ててしまった。
 陽一は笑っていたが、その笑みをみると真紀は益々心が騒いでドキドキしていた。
「ところでさ、あのチョコレート食べた?」
 本と一緒に渡したチョコレートの事を陽一が言っていたとわかったのは少ししてからだった。
「あっ、あのチョコレートね。ちゃんと家に置いてる」
「チョコレート好きじゃないのか?」
「えっ、そんなことない。好き」
「じゃあ、食べろよ。あれ結構美味しいぜ」
「うん、わかった」
 この時も真紀の心臓はフル稼働していた。
 チョコレートを食べない理由に、いつまでも陽一だと思って大切に机の上に飾っていたからだった。
 そんなこと本人の前でいえない。
 好きな人からのプレゼントだと思うと、チョコレートでさえかけがえのない宝石のように思える。
 だから食べられなかった。
 本人から食べろと言われると、食べないといけないように思えてくる。
 そろそろ食べてもいいころかなと思いながら、真紀は笑顔を返していた。

 そしてその日の放課後、教室の後ろで陽一が数人の女の子達に取り囲まれた。
 中には他のクラスの女の子が混じっている。
 真紀は気になって、帰り支度をしているふりをしてできるだけその場にいようと時間を稼いでいた。
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