第三話


 『当たり!』という文字が一番最初に目に飛び込んでびくっとさせ、次に『ご当選おめでとうございます』が心臓をドキドキさせた。
 暫く目をぱちくりして見つめていたが、落ち着いたところでそのプレートをひっくり返し、詳細が書かれていたので目を通した。
 どうやらチョコレート工場の見学に無料招待されると書いてある。
 真紀ははっとして、思わず叫んでしまう。
「何これ、まるで『チョコレート工場の秘密』の話そのものじゃない」
 これは陽一に貸したあの本の話と似ていた。
 ちょうどチョコレート会社のキャンペーンであの本のイベントを真似していたらしい。
 心臓が恐るべき速さで早鐘を打ち、胸がぐっと熱くなる一方で、チョコレートを手にしたまま動けず、どうしていいのかわからなかった。
 そして次の日、その当たり券を持って学校に行き、それを陽一に見せた。
「うぉ、すごい。当たったのか?」
「でも、これをくれたのは羽住くんだから、これ返す」
「えっ、別にいいよ。あげたチョコレートに入ってたんだから岸島のだよ。遠慮するな」
「だけどこれすごいイベントみたいだよ。なんか滅多に当たるようなものでもないし」
 陽一も詳しい事が知りたいと、その当たり券を手にしてじっくりと説明を読み始めた。
「これさ、一枚で二名様招待ってあるじゃん。だったらさ、二人で行ってみないか?」
「え? 私と羽住君が?」
「うん。でも、俺と一緒だと嫌か?」
「ううん、そんなことないけどっ!」
 真紀は慌ててつい強調してしまうが、突然のことに訳がわからなくなっていた。
 ただ興奮と恥ずかしさで顔が赤くなっていく。
 その真紀の前で、陽一は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「俺があげて、岸島が封を開けて当たった。だったら俺たちが行けばうまく収まるんじゃないかな」
 なんだか把握できないままに、真紀は「うん」と首を縦にふっていた。
「じゃあ、決まり。ここの会社に連絡したら、個人的に迎えに来てくれるみたいだけど一体どんなことがあるんだろう。なんだか面白そう。それじゃ俺が連絡しておこうか」
「うん、お願いします」
 頭の中がパニック状態のため目の焦点が合わないまま、挙動不審になって返事をしていた。
 とんでもないことになったと思いつつ、時間が経つにつれ真紀は徐々にワクワクしてきた。

 その日は足が地につかないまま、真紀はふわふわと過ごしてしまう。
 しかし、理科の時間、実験室に移動して席が内山あずさと隣になってしまったとき、それを吹き消してしまうほど一気に緊張感が走ってしまった。
「岸島さん、最近楽しそうね」
 あずさは元々クールなところがあるが、その声はとても冷たく感じた。
 肯定すべきか否定すべきか、どちらもこの場合相応しくないような気がして真紀は「うーん?」という曖昧な声だけ発した。
「隠さなくてもいいじゃない。はっきりと言ったら?」
 意地悪っぽく真紀に絡んでくる。
 真紀はただ俯いて居心地悪く座っていた。
 この日の授業は実験で劇薬を扱う。
 実験道具のビーカーやスポイト、そして茶色い怪しげな瓶が危険な雰囲気を漂わせる中で、あずさは冷然として突き刺すような態度を示してくる。
 落ち着かないところにこのようにつっかかってこられると真紀は怖くなってきた。
 いつもなら他の人が隣に来るのに、気がついたらあずさが真紀の隣の席に座ってしまった。
 初めからそうなるようにあずさが手を回していたのだろう。
 真紀も違和感を持ちながらも席のことは強く言えず、その状況につい流されてしまった。
 内山あずさは積極的に薬品を手に持って、先生の指示通りの実験をこなしていく。
 真紀はそれを観察してメモを取りながら、時々あずさの顔色を伺っていた。
 これほどの緊迫した実験は、劇薬を扱ってることが全ての原因ではなかった。
 それでも、あずさは器用な手先でテキパキと実験を進める。
 周りは和気藹々とした声が聞こえてくるというのに、真紀とあずさのテーブルだけは静かな空間だった。
 劇薬に触れるだけに、あずさもそれを手にするときは黙って作業をしていた。
 お陰でことはスムーズに終わり、どこのグループよりも早く終わっていた。
 真紀とあずさはノートに実験結果をまとめ、事務的に授業をこなしていた。
「これで終わったわ」
 ノートも奇麗にまとめあげあずさが感情なく言った。
 真紀も難しいと思っていた実験があずさのお陰で問題なく解決できたことでとても助かった。
「内山さんのお陰ですごく助かった。手伝ってくれてありがとう」
「別に」
 できるだけにこやかに言ったつもりだったが、あずさの態度は一貫して冷たいままだった。
 まだ周りはうるさく実験を続けてがやがやとしている。
 その中で自分達だけテーブルについて、何もすることがなく静かに座っている。
 結構不気味に思えた。
 それでも気の利いた話もできず、真紀は俯き加減でじっと座る事しか出来なかった。
 その時あずさが話しかけてきた。
「あのさ、岸島さんって好きな人いる?」
「えっ?」
「いいじゃない、隠さなくっても」
 前を見据えて静かに真紀に語りかけるあずさは、できるだけ感情を表にださないようにしているようだった。
「隠してるとかじゃなくて、そのなんていっていいのか」
「だから、いるのかいないのか言えばいいじゃない」
 このまま話していると、自分のはっきりしない態度で切れて怒鳴られそうに思い、真紀は小さく「うん」と答えた。
「それじゃやっぱり好きな人いるのね。そっか。それが羽住君ってわけね」
「えっ? 私、その」
「どこまで白を切るのよ。もうバレバレよ。あれだけ仲良くしゃべってるんだもん、大体の人は感ずくって」
 真紀はどきっとしてしまった。
 自分ではバレてるとは思いもよらなかった。
 そんな時男の子達の笑い声と共に陽一の声も一緒に聞こえてきた。
 あずさはその声の方向に視線を向けた。
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