第三話


「羽住君やっぱり目立ってるね」
 ぼそっとあずさがため息を吐くように呟いた。
 真紀はどう返していいのか少し躊躇っていたが、腹を括って体に力を込めた。
「内山さんはもしかして羽住君のこと好きなの?」
 その言葉を待っていたかのようにあずさは一気に言葉を吐いた。
「ええ、そうよ。ずっと好きで、付き合ってって何度も告白してるくらいよ」
「えっ、何度も告白?」
「だけど一度も首を縦に振ってくれなかった。結構自信あったんだけど、羽住君はあまりそういう事に興味がないんだって」
 ふと前日の放課後に女の子に囲まれていたときのことが浮かんだ。
 あの時の女の子達はあずさのためにあのような行動を起こしていた。
 なんだかそれがとても脅威に感じてしまう。
 あんな脅迫まがいなことをしてまでも陽一の首を縦に振らせたかった。
 だが真紀はそのあと何も言えなかった。
 同じ人を好きになって、あずさはすでに告白して行動し、そして真紀が陽一の隣の席になったことであずさは嫉妬を感じてしまった。
 あずさのことをとやかく言える立場ではなかったし、はっきりいって思い切った行動ができるあずさの方が真紀は羨ましかったかもしれない。
 気まずさが漂い、真紀はあずさとどのように接していいのかわからなくなっていった。
 いくらあずさが陽一を好きだからといって、真紀がそれに配慮しなければいけないという義務もない。
 かといって、この沈黙はあずさから無言で配慮してくれといわれているようにも思えてくる。
 そんなときボソッとあずさの声が漏れた。
「羽住君、かっこいいもんね」
 ふとあずさが振り向いて悲しげな瞳のままにこっと笑った。
 色々と絡まれたけど、なんだか真紀はあずさが憎めなかった。
 それよりも堂々として自分をぶつけてくるのは天晴れとした清々しさを感じてしまう。
 あずさのはっきりとした態度や自分が嫉妬をしていることも充分分かって、腹を割って真紀と付き合おうとしていることに真紀は気がついた。
「私、その、どうしていいのか」
「何も気を遣うことなんてないわ。内山さんが羽住君のこと好きって分かったことだけでもよかった」
 吹っ切れたようにあずさは口元をさらに上げた。
 さっきまでは無理に笑おうとしてぎこちなかった笑顔だったが、その時のあずさの笑みは自然だった。
「これですっきりしたわ。だけど私負けないから。だからといって私に気を遣うこともないからね。お互い頑張ろう」
 真紀はライバル認定されてしまったが、あずさは筋の通ったすっきりとした人だった。
「うん」
 ここで二人はおかしくて笑いあった。
 同じ人を好きになった縁だが、それが共有という形であずさと仲良くなれる事が不思議だった。
 その時終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
 不安、緊張、対決、そして最後に緩和で終わった。
 さすが理科の授業ながらに、これも心に化学反応を起こしたようだった。
 真紀にとっては忘れられない出来事の一つとなり、事が終わってみれば、あずさと話ができたことはとても嬉しいことだった。
 腹を割って話したことで、あずさとはそれから後腐れなく普通に接する事ができた。
 この日を境に、朝、目が合えば「おはよう」と自然に挨拶できるようにまでなっていた。
 
 そして時は流れ、期末テストが始まり夏も本格的になってきた頃。
 次第に一学期も終わろうとしていた。
 陽一の側に座れるのは時間の問題となってしまったが、最後に大イベントが待っている。
 陽一と二人で出かける日が近づいていた。
 期末試験が終わり、のんびりとした雰囲気になってあとは夏休みを待つだけだった。
 ぼけーっとしている真紀に陽一が忘れてないか確認する。
「今週の日曜日だからな、忘れるなよ。それに時間厳守だぞ」
「あっ、はい」
 突然、陽一に話を振られると真紀は緊張してしまった。
 二人でどこかへ出かけるというのは、デートの約束みたいで、果たしてこれでいいのだろうかと思ってしまう。
 それでも誰にも言えずに、黙ってその日が来るのをただ待っていた。
 本当は誰かに言って自慢したい気持ちもあったが、それをしても後が虚しく思えてくるのも同時に想像できた。
 自分だって別に特別な間柄ではなく、たまたま券が当たって、それが陽一からもらったものだったので、公平に考えればこれが一番いい方法だということだった。
 それでも真紀は落ち着かなかった。
 そして約束の当日。
 陽一と待ち合わせ場所に出かけていく。
 汗ばむような夏の日差しが強く体に降り注ぐが、天気がいい事に間違いない。
 ドキドキと、ワクワクが一度にやってきて、心臓がもつのだろうかと自分の体が心配になってくるほどだった。
 両親には正直にこの日の事を話していた。
 年頃の娘でありながらも、心配することなく楽しんでこいと温かく見送られた。
 そして娘のことよりも、他にやる事があるらしく二人は忙しく家の用事をし始めた。

 待ち合わせ場所となった駅前では、沢山の人がごった返しになってひっきりなしに行き交っていた。
 遅れないようにと真紀は早めに来たつもりだったが、すでに陽一はそこで待っていた。
「羽住君、もう来てたの?」
「岸島と大してかわんないよ。今来たとこなんだ」
 普段は制服姿の自分達しかみてなかったが、お互い私服姿で顔を合わすのが照れくさいのか、二人はどこか落ち着かない態度になっていた。
「へえ、岸島ってわりと乙女ちっくなんだな」
 できるだけ可愛くみえるようにと真紀は工夫して、カチューシャで頭にアクセントをつけ、ピンク色を意識したコーディネートをしてきた。
 スカートをはいて来たのも女の子らしく決めたかったことだった。
 その陰に母親のアドバイスもあったが、父親もかわいいといってくれただけに少しは決まったと思っていた。
 でも陽一に好まれたかどうかあまりよくわからない言い方に、真紀の目には動揺が走っていた。
「なんかそんな岸島と一緒にいると照れちゃうな」
 陽一の方も結局は褒めたつもりで、語彙が少なかったために自分の気持ちをどういえばいいのか分からない様子だった。
 真紀も意識しすぎて本気でそう思っていたにも係わらず、陽一に「かっこいい」とこの一言が素直にいえなかった。
 所詮中学生同士のデートなど、まだまだ子供同士の遊びにすぎない。
 二人は最後は言葉が出てこなくてただ笑って誤魔化している様子だった。
 そこに「真紀さん、陽一さん、お待たせしました」と迎えがやってきて、真紀も陽一も目の前に現れた人物にびっくりしていた。
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