良いも悪いも消しゴム・ガロア
3
教頭先生の西野川(にしのかわ)は、はっきり言って、全学年で嫌われている。
いつも怒ってるし、気にいらない事があれば、すぐに文句を言って生徒を叱る。
短気で自分の思うようにならないとすぐに苛立って、癇癪(かんしゃく)を起こす大人げない先生だ。
学校の全てを牛耳りたい、まるでヒトラーのような独裁者のようにみえた。
生徒たちは極力避け、すれ違う時はおびえてしまう。
僕も大嫌いだし、哲司は特に西野川に出くわすといつも舌打ちをしてにらんでいた。
「あいつ、因果応報って言葉知らないんだろうか」
そういえばあの時も哲司はそんな言葉を使っていた。
哲司にしたら、酷い態度の西野川に悪い事が返ってきたらいいのにと思っていたのかもしれない。
そして夏休みに入る前、ちょっとした事件が起こった。
校庭に猫が迷い込んで来たのだ。
それは人懐っこく、愛想がよかったので、みんながかわいいと触りに来ていた。
そこに西野川が怖い顔つきで現れる。
突然子供たちが悲鳴をあげたかと思ったら、猫は西野川に思いっきり蹴とばされて、弧を描くように宙を舞った。
猫はとっさの事で、上手く着地できずにぼてっと地面に叩きつけられた。
その後は慌ててその場から逃げ去り、西野川は「学校に猫はいらない」と悪態をついた。
あまりにもそれは、子供たちにはショック過ぎた。
どんな小さい子でも、生き物を蹴とばすと言う事はしてはいけないとわかっていると思う。
トラウマを植え付けられたように、子供たちは西野川に恐怖を覚えた。
それから瞬(またた)く間にその話は学校中に広がり、保護者の耳にも入り、やり過ぎだと非難する大人たちもいた。
でも夏休みが始まるとうやむやになってしまった。
西野川と猫。
どうしてもそれらは結びつき、僕の心の中にも焼き付いた。
だから、西野川の庭の池に石が投げ込まれたと聞いたとき、「因果応報」という言葉が浮かび、知らずと哲司を疑うことへと繋がってしまった。
あの時、工作の材料を探しに行くといいながら、本当は猫の仕返しのために池に投げる石を探していたのではないのだろうか。
もやもやとしたものが僕の胸に渦巻いた。
僕はあの時拾った石をどうしたのか、直接、哲司にきいてみたかったが、真実を知るのが怖くて何もきけなかった。