良いも悪いも消しゴム・ガロア


 それから僕たちは小学校を卒業し、中学に上がった。
 僕はまた哲司と同じクラスになった。
 クラスの大半は知ってる顔だったが、他の小学校から来た子も混じっていて、そこに西野川遥(にしのかわはるか)という名前の女の子がいた事に、僕は胸騒ぎを覚えた。
 哲司も彼女を特別にじっくりと見ていたから、僕と同じ様子だった。
 まさかと思ったが、彼女はあの西野川教頭の孫だと言う事がすぐに耳に入った。
 僕は教室の隅からこっそりと遥を観察する。
 遥はかわいいというより、すっきりと整った顔つきで美しいという言葉の方が似合う子だった。
 でも、口数少なく、あまり笑わず、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。
 それは西野川の血を受け継いでいるからなんだろうか。
 でも僕には、捕らわれの身のお姫様のように、悲しげで高貴な存在に見えた。
 隠れて見ていたけど、不意に目が合い、ぼくは慌てて目をそらした。
 その一瞬でも、遥の瞳は虚(うつ)ろに哀しげだったように思う。
 僕はその瞳に憑りつかれたように遥を意識するようになり、さりげなさを装って彼女を目で追うようになった。
 彼女を見るのはスリリングで、いつも心臓がドキドキと高鳴る。
 こっそり見てることがばれないか、いつもハラハラしていた。
 そのうち僕はある事実を知った。
 西野川が猫を蹴ったニュースは近辺の学校でも広がっていて、その孫である遥は関係ないのに、その代償(だいしょう)を払うようにクラスでいじめられたらしい。
 すでに過去の話になって、薄れてきてはいるものの、西野川教頭の孫という肩書は、彼女にとってあまりよくないものだった。
 そして、哲司もそんな彼女を時々じっと見ては、考え込んで目つきが鋭くなっていたように思う。
「大切なものが傷つけられてると知ったら、アイツは気持ちを入れ替えるのだろうか」
 ふいに哲司が遥を横目にそんな言葉を漏らした。
 アイツとは西野川のことだろう。
 哲司はまだあの猫の事件の事を根に持っている様子だ。
 でも大切なものって、遥の事?
 その時は聞き流したけど、それから哲司は遥に声をかけた。
 僕も便乗して話をする。
 哲司がいなかったら、僕は遥と話なんてできなかっただろう。
 だけど遥と接触することで、僕は胸騒ぎと同時に、落ち着かなくハラハラしてしまう。
 何かが起こるんじゃないだろうか。
 哲司と言えば、どうしても『因果応報』という言葉が結びつく。
 遥に近づくことで、哲司は何かを企んでいるのではと思えてならなかった。

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